全ては子ども達のために。いいえ、自分のために!

Cicicoの『ハッピーエンドじゃなきゃイヤだ!』

ブログ始めます!

 
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初めまして! 

和田世新生(わだよしゆき)と言います。
ラッパーです。
平日は埼玉県にある学童保育の運営を主に行っているNPOで働いています。

このブログを始めるにあたって明確な目的があります。その前に僕の人生のテーマからお話しします。僕には人生のテーマがあります。それは「人が生まれ育つってこと」の追求です。それがどういうことなのか知りたい。人が生まれてお母さんやお父さんに育てられながら様々な経験をし、やがて自分が親になり次の命を育てていく。読んだ本のタイトルを借りれば「育てられる者から育てる者へ」なるってこと。そのことを知りたくて子どもと関わる仕事に就き、その中でわかったことを伝えたくてラップをしている。それが今の自分。子どもと接する自分の関わりは完璧ではないが自分のやっていることに自信を持てる。

けれど自分のことになるとさっぱりわからない。自信もない。僕自身も両親に育てられ、一人立ちをしやがて過程を持ち子どもを持ち育てる者になるという過程の中にいるのに。たぶんそれはもっと大きく捉えて「生きるとは」ってことなんだろう。その答えを知るには一生掛かるかもしれないし、一生かかってもわからないかもしれない。全てわかったような気がしたのにまたわからなくなる。それの繰り返し。生まれてきたことに意味なんてない。じゃあ、意味は自分で決めろ。一時僕が出した答えはそれ。でも最近また霞が掛かってる。そこで僕はまた考える。で、思う。「僕は答えを出すことによって今の自分のままでいられなくなるのを恐れているんだろう。」・・・

自分でわかっていること、しかも好ましくないことを長々と書くのは面倒なのでもうやめます。(そんなんでブログ続くんけ?)そうです。恐いんです。変わることは。だから変わらない自分を肯定するための理由がいるんです。こんなの心理学の本をちょっと読めばすぐにでてきます。僕の場合はなかなか行動を起こさないことによってこの現状に居座ろうとしていたのかもしれません。もしこれを読んでいるあなたが僕と同じようにいつまでもうじうじやってんだったらブックオフに行って適当に何冊か買って読んでみて下さい。引きこもってるんだったら、Amazonでぽちっとしてください。今まで何年も、それこそ物心ついた頃からずーっと考えていたことの答えがなんともあっけなく与えられます。「心理学なんかに自分の心を理解されてたまるか」と手に取ることを拒んでいた高校生の僕はなんて小さく可愛らしいんでしょう。(自力でおよその理屈は検討ついたもののじゃあどうすればいいのか分からず二十歳くらいの時ついに手に取りました。)だけど僕は変わりたい。(そしてそれは難しいと今の自分は思ってしまっている。)どこを変えたいって「音楽で売れたい」「もっとお金が欲しい」「子ども達が権利を持った主体なんだって育て方を」そしてなにより「幸せを感じることのできる心を手に入れたい」「知性の悲観主義、意志の楽観主義」なんて言うけど僕は意志の楽観主義者でありたい。なんせ悲観主義者はエネルギー効率が悪すぎる!幸せになるために形振り構わない強さが欲しい。死ぬ最後の瞬間に自分は幸せだったと思いたい。そのためのブログです。
「うだうだやってんのはもうやめじゃー!」「自分の中の悲観主義者との戦争じゃー!」「先ずはブログを投げ入れるんじゃー!」

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